ヤマナシハタオリ産地バスツアーについて

◆甲斐絹(かいき)のヤマナシから、多品種の機織り生産地へ

山梨県富士吉田市および西桂町は、かつて甲斐絹という生地で知名度のある生産地だった。高密度、先染め、先練りによる薄い生地で、羽織の裏地などに使われて江戸時代の商人たちの洒落心を満たす存在となり、明治から昭和初期にかけて一世を風靡した。しかし戦後に需要が減り、甲斐絹は幻の織物に。機織り企業は時代のニーズに合わせて傘地、洋服の裏地、ネクタイ地などさまざまな品種に細分化されてOEM生産が中心となり、産地の知名度は失われていった。

 

◆「シケンジョ」と機織り企業の若手

ヤマナシハタオリ産地バスツアーを主催する山梨県富士工業技術センター(通称シケンジョ)では、地元の機織り企業がOEMに頼った生産体制から脱却し自社のブランド力をつける必要性を感じていた。そんなとき、地元の山梨県絹人繊織物工業組合のアドバイスで地元企業の若手跡取りたちがシケンジョに通い研修を受け始めた。ここから機織り企業同士の横のつながり、シケンジョとの新しい関係が生まれた。シケンジョの五十嵐さんは「外部のデザイナーによる刺激も合って、展示会に」2009年から東京造形大学とのコラボレーションではじまた富士山テキスタイルプロジェクトも産地ブランド形成にひと役買っている。

◆ヤマナシハタオリ産地バスツアー

バスツアーのアイデアの元となったのは、山梨県と台東デザイナーズビレッジの村長が行っていた、甲府市のジュエリー製造工程見学ツアーだ。このツアーの機織りバージョンとして、産地の企業をまわり、デザイナーやバイヤー向けにPRするツアーが、五十嵐さんとデザビレ村長とで企画された。2011年に開催された第1回は学生約50名、第2回はデザビレの入居者が参加し試験的に実施して手応えを得、第3回から公募により参加者を募るようになった。以降、年に数回のペースで、累計12回にわたって開催されている。

産地バスツアーはBtoBのビジネスマッチングを主眼とした日帰りツアーで、徹底してプロフェッショナル向けだ。バスの中ではツアーのしおりが配られ、産地の置かれた状況や、ドビーやジャガードといった機織りの基本用語について解説。見学先の情報には納期やロットの目安なども含まれ、参加者が具体的な商品づくりをイメージしやすいつくりになっている。

もちろんこれらの仕掛けは一朝一夕でできたものではなく、回を重ねるごとに洗練されてきたものだ。そうした努力の甲斐あって、毎回定員を超える反響があるという。

 

◆産地の変化と新しい動き

ツアーをきっかけに実際に商品開発にいたるなど、クリエイターが自社ブランドを作るようになった企業が増えたことは産地にとって大きな変化だった。ツアーを通じて情報発信の大切さを実感し、ブログ「シケンジョテキ」では現在も積極的に産地の情報やツアーレポートを掲載している。

また、機織り企業発信の動きもあり、2012年にエキュート立川での販促イベントをきっかけに、「ヤマナシハタオリトラベル」が誕生。11ブランドがメンバーとして名を連ねるユニットで、さまざまな場所に出張して産地ブランドの魅力発信に貢献している。ツアーや販促イベントなどさまざまな機会をきっかけにして、ヤマナシ産地で仕事をしたいという人を増やすことが目標だ。1人でも多くの人に産地を知ってもらうため、機織り企業とシケンジョの試行錯誤は続く。 

代表的な企業のご紹介

江戸時代に広く知られた甲斐絹をつくる技術を生かした、さまざまな品種の生地製造関連企業が存在する。戦後以来、ヤマナシ産地はOEM生産が中心となっているが、近年では自社ブランドを積極的に展開したり、外部デザイナーとコラボレーションした新しい商品を開発したりする企業も増えてきている。産官学連携の「富士山テキスタイルプロジェクト」、産地PRユニット「ヤマナシハタオリトラベル」なども誕生している。

テンジン【 リネン 】

リネンブランド「ALDIN」を展開。“耳”のある昔ながらのセルビッチリネンを、昔ながらのシャトル織機でつくっている。職人が手を動かし、目で追いながら丁寧につくったリネンはどこか懐かしく、ストイックさを感じさせる風合いが特徴。

渡小織物【 ネクタイ生地 】

ネクタイ生地専門の織物工場。富士山テキスタイルプロジェクトには初回から参画し、クリエイターとコのラボ経験も豊富。「新しいトラディショナルを織る」がコンセプトの自社オリジナルブランド「TRAU(トラウ)」も展開中。

槙田商店【 服・傘生地 】

1866年創業の産地きっての老舗。大きな電子ジャガード織り機と熟練の職人の手仕事により生み出される国産洋傘づくりは一目置かれる存在。近年はOEMだけでなく、自社ブランド商品の開発にも力を入れている。服地づくりの技術も高い。

光織物【 和装小物生地 】

富士山を源とする伏流水で染上げた糸を使い、掛け軸やひな人形の生地を製造する。富士山テキスタイルプロジェクトにも参加するほか、デザイナー井上綾氏とのコラボレーションによる自社ブランド「kichijitsu」も展開している。